「ギャラリーーバンサン」ーあのときかもしれないー

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2009年 04月 29日

「ホテル アナガ」


         ホテル アナガ
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         ホテルの近くの海
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          大鳴門橋
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娘と淡路島の阿那賀ホテルでフランス料理のランチ・・・
小さいホテルだけどいいホテルでリッチな気分を味わった。
ここのフランス料理は美味しい。
でもお客さんは私たちを入れて2組。
ホテルのランチは平日が狙い目

by bansan38 | 2009-04-29 17:41 | たべもの | Comments(3)
Commented by 来住しげ樹 at 2009-05-28 13:27 x
「やすらぎの淡彩画」(日貿出版社)で、この辺りから淡路を一周取材した際の風景を思い起こすアングルです。
あながのちは、かって島太郎と言う、絵描きで医者の名物男の友人がいました。洲本市うはら之彼の病院に泊めて頂いた、時にも、この阿那賀で、昼食を仲間と取りながら回った際の、いい料亭のあとなのも知れません。良い旅だったようでいらやましく思います。
淡路も、鳴門の超せと周辺もになる所ばかりです。今度お伺い出来るであろう「いつか」この地点を楽しみたいと思います。
Commented by bansan38 at 2009-05-28 23:29 x
来住しげ樹さんへ
うれしいコメントに、しんみりしました。
来住さんはお話の上手な方で、昔話を聞かせてもらってるといつまでも
聞いていたい方かもしれません。
今も絵描きで医者の島太郎さんは洲本にいらっしゃるのですか?
まるで映画の1シーンのような文章が、目にうかびます。
毎年12月にルネッサンススクェアにでかけます。
「いつか」より先に岡之山美術館に伺いたいです。
Commented by 来住しげ樹 at 2009-06-02 17:09 x
島太郎さんは、数年前になくなってしまいました。文芸春秋の巻頭アルバムに取り上げられて、一躍話題の人になったのは15年も前かも知れませんね。
自分の土地に、石碑を数限りなく作る人で、、君のも・・などとも言っていましたが、好みのものを好き放題に建てていきました。中には、彼が気に成る死刑囚の手紙まで・・・。
病院の入り口は、かっての大阪・飛田新地の遊郭の門を使ったり、自宅の屋根を突き抜けて、確かイチョウが生えていた記憶があります。スリッパには、落書きが合って、大きなトイレに入った時、目を落とすし、「ここで頑張るとよい」とか、入り口のスリッパには、これは院長のもの、とマジックで書いて合ったり・・・。ふすまに淡路の地図を描いて、阿那賀を説明してくれたり、八方破れの医者でした。  懐かしくて・・・一寸喋り過ぎました。


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